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地域で支える認知症ケア・・・。

 認知症ケアはどの方向に進んで行くんだろう?
少し前にある記事を読んでそう思った。その記事の内容は、日本で承認されている
認知症薬「アリセプト」「レミニール」「リバスタッチパッチ」「メマリー」の4薬品がフランスの保健医療薬から除外対象になったという記事。フランスの医療制度、特に薬に関しては、物凄く厳しく、効果がある薬に対しては保健適応割合を高く設定し、効果が認められない、若しくは、その薬により期待される効果よりも他の副作用のリスクが高いと認められたら保険適用割合を下げるという仕組みがとられているようである。日本の場合は、保健適応という判断が下れば効果どうこうではなく、一律に保険から7割支給(高齢者医療制度の割合は違いますが)されている。今回、フランスは、この4つの薬について、求められる効果よりもリスクの方が高いという判断で「保険適用外薬品」に指定したとの記事。今はまだ各種の団体や患者からの反対で揉めているようですが、判断としては、有効な効果は認められないということなのでしょう。これって今後の認知症ケア施策を大きく左右することだと私個人は思います。
 早期発見し早く医療に繋ぐことで、根治治療は出来なくとも進行を遅らせることはできる、その方法の1つとして薬物療法も有効と信じてきた業界にとって、「いやいや、薬物療法では効果は薄いんだよ」と言われた気がしたんですよ。薬を飲めば何とかなるんじゃないかという神話が崩れたってことでしょうか?私はそんな風に感じました。
 日本でも、認知症治療薬頼みでは認知症ケアは難しいという意見を持つ医師もいらっしゃる様子。名古屋フォレストクリニックの院長河野和彦氏もその考えを持ち、「コウノメソッド」を広める活動を行われている様子。日本で保険適応される4種類の薬の内3つは興奮系の薬で、製薬会社が定めた常用量を服用すると暴言、暴力などの副作用が出る可能性があると言う。コウノメソッドでは、こうした薬について製薬会社の定めより少ない量を投与するという。基本は、中核症状へのアプローチではなく、周辺症状へのアプローチを優先させるという方針。確かに中核症状へのアプローチを優先させる今の認知症ケアとは少し異なる。ただ、製薬会社は薬を販売するまでに臨床試験を繰り返しエビデンスを固める。一方で、コウノメソッド等は製薬会社ほどのビッグデータにはならないのでエビデンスとしては低く見られがちになる。だから、医師により何を信じるかにより方針が異なることになる。製薬会社もエビデンスを元に「効果あり」と判断し販売をする。勿論、両者ともに正解なのである。
 これからの認知症ケア・・・。その対象となる本人、家族、周囲の関係者が認知症についてもっともっと詳しく知る努力が必要なのだと思う。そして、認知症になった時、自分はどのような方針の元でケアを受けるのか、どのような方法を用いて欲しいのか・・・難しいけどそう言う時代になるんだろうな。認知症の方自身が選択された方針によってケアが遂行される。その為には、若い時から認知症に興味、関心を持って、もし自分が認知症になったらこうして欲しいという方針を持っておくべきで、医師にこう言われたから、ケアマネにこう言われたから、地域包括の職員から・・・では、出会う人によって方針が変ってしまうということになる。
 我々サポートする方の人間はもっと専門的知識を持って、様々な選択肢を提示できるようにしなければならないし、現場も様々なサービスを提供できるように努めなければならない。例えば、非薬物療法の中で一定の効果があると言われている(日本認知症予防学界発表)楽器演奏や臨床美術療法等(予防に効果ありって言われている)に取り組みたいと言われた時、この地域でサービスを提供できる事業所はあるのだろうか?今、朋愛園にニーズを投げかけられた時、胸を張って「できます」とは言えないし、朋愛園ではできないけどあそこの事業所ではサービスを提供できるようです、とも言える状況ではない。自分とこだけじゃ対応できないし、対応してもサービスの内容は限られてくる。今後は、うちは運動療法を、私のところは音楽、俺のところは美術系って感じでそれぞれが役割やサービス内容を話し合っていかなければならないと思う。本当の意味での地域で支えるってこういう意味じゃないのかな。
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最近、朋愛園が取り組んでいること

 最近、在宅部門を中心に取組んでいるのは地域活動です。まぁそんな大々的に
やっている訳ではないのですが・・・。
 今、それらに係っている職員に出したお題は「自分の為だけに体操とかされる
活動って本当の意味で地域活動って言えるか?今まだ体操をしに公民館に来れる
方々なら、工夫や機会をメイクをすることで絶対自分以外の人の役に立つ活動が
できるはず。さぁ、どんなんがあるかな?想像して創造して下さい。」でした。
このお題を出したのが2年半くらい前です。きっかけはたくさんあるのですが、
その1つに市から委託を受け2年間活動した「ぴんぴん元気体操教室」でした。
担当は4つの地区で1地区年間17本の体操教室を公民館で行なうというものでした。
やってみて思ったのは、凄く積極的な住民の方々が多いということでした。
まっだまだ人の役に立ちたいって人が多いって感じました。
 一方で認知症予防について考えていた時、「人の役に立つ、人の役に立ちたい、
人の役に立った」という経験は、幸せホルモンと呼ばれる「セロトニン」の分泌
を増加させる効果があるということを知りました。この幸せホルモンを増加させる
ことで、引きこもりや心身の衰退、活動量の低下を予防できないか?そのことで
認知症の予防や例え認知症であっても楽しく生活ができないか?といういささか
強引なロジックを組立て(これは私の中で勝手に組立ました)スタッフに話しました。
 「いいですねぇ~」、この言葉は私にとって「私担当します」に聞こえてしまいます。
「じゃお願い。よろしくね!」って言えば色々、考えやってくれてます。凄いです。
 例えば一例ですが、年末に保育園の保育士さんと話す機会がありました。
「今、何やってるの?」
「年末の大掃除に向けて、子供用の雑巾を保育士が手分けして作成してます」
「???どういうこと???」
 どうやら市販の雑巾や標準的な雑巾の大きさでは子供達の手に大きすぎて上手く
扱えないらしく、標準的な大きさの雑巾を半分にして縫い直しているとのことでした。
朋愛園では入浴ケアをしているので古いタオルはたくさんあるなぁ~。後は
「誰かやってくれる人いないかな?保育士さんや子供達も喜ぶはず」って
ことでこの話を生活コーディネーターのマニ君に話しました。
 彼は探してきましたよ。協力してくれる方々を!地域でサロン活動をしている
方にこの話をしたところ、皆が集まり子供サイズの雑巾を縫い上げてくれました。
殆どの方が、サロン活動中だけじゃなく自宅でも縫ってきてくれました。
それを近くの保育園に寄付。双方が繋がった瞬間です。
 ただ、贈呈式みたいなことをしなかったは反省です。近くのおじいちゃん、おばあちゃん
がみんなの為に雑巾を縫ってくれたよって持っていった感じだったので、「そこは何か
工夫あるやろう~、写真も撮ってへんのか~い」って笑いましたが・・・。
まぁ広告やアピールが下手な朋愛園らしいちゃ朋愛園らしいんですがね。
贈呈式したら、協力してくれた方々のセロトニン大分泌間違いなしだったは思いますが・・・。
まぁ次回の反省ってことで・・・・。
 まだまだ、地域における活動をやってます。機会があれば紹介しますね!

めっちゃ久しぶりの投稿です

皆様、お久しぶりです。
忙しさを言い訳にブログを辞めていました。
FBを立ち上げたり、HPのソフトを変えたりと色々試行錯誤してますが
こっち関係全然わからん。センスもない!仕方ないっす。勉強します。

まぁ多分、今後もマイペースは変らず、気付いた時に書くって感じになるでしょう。

最近、「ノーリフトケア」や「持ち上げない介護」っていう分野でテレビ、
(https://www.youtube.com/watch?v=GYwAQqaLK5Q)←youtube
新聞、県のフォーラムなんかで取上げてもらいました。

全国的には、朋愛園よりもっともっと進んで取組まれているところもあると思います。
同じ志しを持つ施設同士で交流していければ良いなと思っています。
ゆくゆくは県内で研究大会でも出来ればいいなぁ。大規模じゃなく3施設ぐらい集まって
事例検討会とか成功事例発表会とか・・・・。中心になってくれてる職員が相談しあう
って感じのピュアカウンセリング的なこととかね。そこに賛同してくれる施設が加わって
来て少しずつ参加施設が増えれば面白いですね。

施設内でしっかりと推進すること。施設外で交流し学ぶこと。
「外の風に吹かれる」ことは、成長するためにとても重要なことだと感じています。
実現したいなぁ。仲間集めて戦略を練ろう~。

養護学校プロジェクト②

 Bさんが巣立って1年ほど経ったある日、これも縁があって精神障害者手帳を持つAさんと出合った。ハローワークから障害者雇用に関する短時間就業制度があるので活用してみればと打診があり、その制度の上で雇い入れた。
 Bさんの経験から、朋愛園のスタッフはAさんの得意なことをアセスメントし、その得意なことを利用して出来ることを作り出し、できる事を彼女にしてもらうというスタンスで受入れてくれた。雇用当時、やはり「体調が優れないので休みます」という傾向があったが、現場からは特に「来てくれないと困る」とか「Aさんは何故休んでいるのですか」という声は聞こえてこなかった。今の彼女の不得意な部分であると理解してくれていたからである。

 Aさんが来ると本来我々がするべき仕事の一部をAさんに任せられる。「Aさんが来てくれるととても助かる」という感情が現場に芽生え、この思いをAさんが来た時に素直にAさんに伝えてくれた。数ヶ月経つ頃には「Aさんは介護のセンスが凄くありますよ」という声が聞かれるようになり、Aさんも「もっと役立てることはないですか」ということを言うようになっていた。その頃には、「体調が優れないから休みます」という電話は殆どなくなり、スタッフの輪の中にしっかりとAさんの存在が見えるようになっていた。その後、本人の希望や周りの推薦もあり、徐々に就業時間を伸ばしていき、4時間程度の短時間就労⇒日勤業務の6時間⇒日勤業務の8時間⇒早出、遅出を含む8時間⇒最終的には夜勤までできるスタッフとなっていった。
就職して3年目くらいには、精神障害者手帳も返還し、その後彼氏も出来、彼氏の転勤に伴い朋愛園を巣立っていった。

 Aさんの雇入れから1年ほどたった時、ハローワークと障害者就業生活センターが主催する会議において、障害者雇用についての講演依頼が来た。大隅地区で先の短期時間雇用制度を利用したのが14名、その中で1年以上続いたのが朋愛園だけだったらしく、一連の話をさせてもらった。
 内容的には、 障害があるなしに係らず、雇入れしたばかりの新人に過度な期待を持たないということ。これはきっとAさんを雇い入れた当初から予め彼女にしてもらわなければならない仕事のノルマを勝手にこちらが用意をしていれば、彼女はきっと早い段階で潰れていたと思う。また、Bさんの時と同様、人には得意な分野と不得意な分野があり、障害を持っている人は不得意なところが目立ってしまう。でも元来障害の有無にかかわらず人には、得意、不得意があるという理解を職場スタッフに持ってもらうことの大切さを話した。障害は、その人の特徴に過ぎないと捉えることである。
 そして、1つの提案として、ハローワークからの紹介状において、先に障害名やできないことを明記するのではなく、その方の得意なこと、できることを記載する様式に変えてはどうかということを話した。我々が知りたいことは、障害名やできないことではなく、その方の得意なこと、できること、何か特徴的なことが起こった時にどのように対応すれば良いかである。

 例えば、就職の面接において私なら短所より長所をアピールする。障害者の紹介においても同じではないかと私は思う。

 AさんやBさんのケースやその他の経験から私の中にある考えが浮かんだ。

 例えば野球において、全ての者がピッチャーができ、キャッチャーができ、内野ができ、外野ができなければ強いチームはできないのかということである。肩の弱い選手をピッチャーにしてボコスカ打たれたのはピッチャーの責任なのか?ってこと。そこに抜擢した者の責任ではないのかと思うようになった。また、足の速い選手をファーストに置く勿体無さはないか?打撃が上手い奴、守備が上手い奴・・・・その選手が得意なところに配置する方が強いチームが作れるはずである。私がやってきたラグビーなんかは最たるもので、体が大きく押すの強い奴、体が小さくすばしっこく動ける奴、当るのが強い奴、走るのが速い奴・・・・適材適所に配置することが重要である。

 では、福祉の職場はどうか?今まで「オールマイティなスタッフ」を作り上げようとしていたのでは?と考えはじめるようになった。勿論ラグビーでも「走る」「当る」「投げる」「飛ぶ」「蹴る」という基本は習得しなければならない。その上で得意なことを生かせるポジションに配置するということが強いチームを作るポイントであろう。

 このように考えた時、スタッフ1人1人を良く観察し、何が得意なのか、そして得意な分野を生かしてもらうには、どうすれば良いかを考えるようになったのである。

養護学校プロジェクトに至るまで①

 昨年から、肝属地区老人福祉施設協議会の力を借りて、「養護学校プロジェクト」と勝手に私が呼んでいる企画を始めた。それは、養護学校高等部の生徒に対して、年数回ベッドメイクを中心とした指導を行なっている。昨年度は全4回、参加生徒数は1~3年生14名×4回(3年生4名のうち3名が福祉事業所へ就職)であった、今年も来月からほぼ2ヶ月に1回学校に訪問して指導させてもらう。
 はじめのきっかけは、一昨年の夏、養護学校の進路担当教諭からの一本の電話からはじまる。

「夏休みに教員向けの勉強会をやります。その勉強会で講師をしてもらえないですか?内容は、障害者の就職について企業の立場からお話してもらいたいです。」

 とのこと。何故、私・・・・?とは思ったのだが、2~3年前にハローワークとおおすみ障害者就業生活センターが主催した、障害者の就職に関する会議で、以前朋愛園で精神障害者手帳を持っていた方を雇入れた経験を話したことがあったのでその繋がりだろうなと思った。後から聞いたら、案の定そこからの紹介だった。

 この精神障害者手帳を持っていたAさんは、朋愛園スタッフの支えや自身の頑張りもあり、最終的には障害者手帳を返還し、夜勤も含む勤務まで行えるようになった。大きかったのは、障害に対するスタッフの理解であったし、そのスタッフに打ち解けられた本人の頑張りだったと感じる。

 Aさんを雇用する1年程前に縁あって知的に障害を持つBさんをボランティアで受入れた経験がある。Bさんを受け入れた時、はじめは周りのスタッフも困惑していた。ある日、「入居者の介護もしなければいけない、Bさんのお世話もしなければならない、事務長の理想は良いけど負担は現場に来るんですよ、って皆が言ってます」「Bさんは知的障害であって、朋愛園のジャンルではない。しかるべき専門的機関で見てもらった方が良いんじゃないですか。」と1人のスタッフから言われた。

 私と接する時に私がカチンとくる禁句が数言ある。まぁこれは、他のスタッフにも伝えているので公表するが「皆が言っている」これは報告者として一番卑怯な言葉と私は認識している。特にリーダー、主任クラスのこの発言に対して私は敏感に反応する。何故なら、
 「皆(全員)が言っている」=「私が言っている訳ではない」、
私にそれを報告するなら、皆が言っていることを聞いて「私もそう思う」のか「私はそう思わない」のかをリーダーとしてはっきりさせなければならないし、私はそう思わなかった時に何て返したのかまで行なってリーダーの仕事だと思っている。
 
 今回の報告にも敏感に反応してしまった。「皆が言っているんですね。それでは皆に聞きます」と直接、Bさんの受入れについて、どう思っているのかをスタッフ全員に直接聞いた。
 まぁだいたいねぇ「皆が言っている」の正体は全体の約1割程度。しかも、殆どが主先導の人が「~について〇〇だと思わない」と言い出して、問われた方が応えに困って「ん~まぁ~」と。この「ん~まぁ~」は初めに問うた主先導者にとって「だよね、私もそう思う」に脳内返還されて「〇〇さんも言ってたんだけど△△さんどう思う」「ん~まぁ~」・・・が繰返されていく。誰が悪いのか・・・。私は主先導者ではなくはっきりと「私は思わない」と言えない方にあると思う・・・思っていたが、皆私のような性格ばかりじゃないから「言えない人もいる」こともあるわなぁと思えるようになってきた今日この頃である。

 でっ話を戻すと・・・、本当に全員が言っていたら受入を辞めようと思っていたが、報告者のようなニュアンスで言っている職員は1人もいなかった。ただ、Bさんに係る職員は6割程度、そして、Bさんと係っている職員がBさんとどのようにかかわったら良いのか分からないと「不安」を感じており、専門の機関の人に聞きたいという願望を持っていた。一方の係らない4割の職員は「何故、事務長がBさんを受入れ、私達にどうして欲しいのかが分からない、そもそもあの子は誰?」という「不満」を持っている事が分かった。

 係る6割の人は「不安」持ち、係らない4割の人は、あの子は誰で何の為に朋愛園に来ているのか分からないという「不満」を持っていたのだ。誰一人「Bさん個人」には、不満も不安も持っていないということである。全て、私の説明不足だったし、「分からない」は「不安」や「不満」を招くことに気付かされた。

 その後、職員全体会議を利用して障害者福祉の歴史、知的障害への理解、具体的な接し方、本人やご家族に了解を得て、Bさんの生い立ち等を話した。一番話したかったのは、福祉を業としている我々が持っている力のこと、人間には得意なことと不得意なことがありアセスメントは得意なことを中心に見て欲しいこと、得意なことを利用して出来る事を増やすアシストが支援であることだった。

 それからは、Bさんに声を掛けるスタッフは多くなり、彼女の得意な分野を見つけ出しボランティアとして受入れてくれた。その後Bさんにも働きたいという意欲が芽生え職業訓練の機関へと巣立っていった。

 このBさんのケースを通して、「分からない」「知らない」が人を受入れる時に障壁となること、障害があろうがなかろうが、人間には得意なことと不得意なことがあることを改めて気付かされた。


プロフィール

houtaro

Author:houtaro
地元でも知る人ぞ知る(知らない人が多いちゅうことです)
体育会系の事務長houtaroです。ジム長と呼ばれます!
現在でもラガーマンです・・・衰えは隠せないですが・・・。

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